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精神障害を乗り越えて自分らしさを探す20代のブログ

忘れもしない1年前の今日、解離性障害を患った日

 

4月9日、僕とって忘れることのできない日。

衝撃と不安が襲った1年前の今日のこと。 

 

いつもと同じように携帯のアラームで起床、しかし自らの力で起き上がることができませんでした。

かろうじて動くのは、腕と首から上だけで力を入れようにも入りませんでした。

 

幸いにも枕元に携帯を置いていたのと、腕は動かすことができので

自分の部屋から家に電話をかけ、状況を説明。

そのまま家族に救急車を呼んでもらい、病院へ搬送されました。

 

朝7時の出来事でした。

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救急搬送され、救急治療室で診察をうけ精密検査をすることに。

血液検査、一般撮影、CTにMRI撮影。

ですが全ての検査に置いて異常は見つからず、髄液検査を行うことに。

 

全ての精密検査が終わり、入院が決まり病室へ入ったのは

救急搬送されてから12時間後の夜7時のことでした。

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この時、自分の頭を埋め尽くしていたのは、このまま半身不随になってしまうのではないかという不安でした。

 

翌日、髄液検査の結果も異常は見られず、原因は不明のまま入院生活が始まりました。

 

神経の伝達が正常を見る検査も受けましたがこちらも異常なし。

 

原因不明がさらに自分の中で不安を膨らませていきました。

 

ですが、1ヶ月ちょっとで自力で歩けるまで回復をして退院することができました。

退院する時も病名は四肢脱力という曖昧なものでした。

 

さて僕を襲った病気の正体は一体なんだったのか。

 

僕を襲った病気は、解離性障害

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皆さんは、解離性障害と言うものを聞いたことがあるでしょうか?

 

精神疾患の一つで、自分が自分であるという感覚が失われている状態であったり。

自分の知らないうちに場所を移動していたり、体の機能を停止させたりします。

ひどくなると人格が複数現れてしまう、多重人格があります。

 

なぜ自分が自分であるという感覚が失われてしまうかというと、

過去のトラウマであったり、過度なストレスなどを受け続ける事で、

辛い経験やストレスを自分から切り離そうとする事で起こる一種の防衛反応だと言われています。

 

なぜ、僕が解離性障害になってしまったのか。

僕に出た症状は冒頭でも話ように、体の機能を停止させるもので脳と体が解離した状態でした。

 

こうなる半年前に転職をし、心機一転で楽しく仕事をしていました。

ですが、一つとてもストレスを感じていたことがありました。

 

いわゆるパワハラと言われるものです。

 

それを感じ始めたのは試用期間の3ヶ月が終わって4ヶ月目に入ってすぐの事。

3ヶ月間と明らかに接し方というか教え方が違うのです。

もちろん少し厳しくなったりするのはわかるのですが、人が変わったかのように違ったんですよね。

 

それまで1時間早く起きれていた朝も、気がつけば徐々に

家を出る10分前まで起きることができず、足取りはどんどん重くなる一方。

そして、倒れる1ヶ月前くらいから顔色がずっと悪いよと言われるようになりました。

ですが、自分ではいつも通り元気にしていたつもりなんです。

 

そう、元気にしていた「つもり

 

つまり、ここの段階で心と体の解離が生じはじめていたんです。

 

「今この辛い環境にいるのは自分ではなく、誰か別の人なんだと」

 

パワハラが全ての原因ではなく、自分の性格が引き起こしたものでもある

パワハラだけが原因ではなく、そこに拍車をかけていたのが自分の性格

 

簡単に言えば、YESマンと言うべきでしょうか。

なんでも「はい!」、「はい!」と言って断れずに請け負ってしまうタイプです。

 

自分の意思は完全になく、相手の顔色を伺って少しでも不機嫌になりそうなものなら、

相手が不機嫌にならないような選択をしていたのです。

 

どうでしょう。

どう考えても自分にストレスでしかないですよね。

 

昔から周りや相手の顔色を伺う癖があり、自分の意見などが言えませんでした

 

こんな性格がパワハラに拍車をかけ自分を苦しめていたのです。

 

心理カウンセラーとの出会い

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転職してしばらくしてから心理カウンセラーの方と出会う機会がありました。

 

その方と2時間ほど電話をした日がありました。

今でも忘れません、僕が救急搬送される5日前、4月4日のことです。

 

体調を思いっきり崩して、会社を休んだ日の夜のことです。

 

カウンセラーの人から着信があったのです。

 

・自分はどうしたいのか

・なぜそんなに我慢をしているのか

・何に恐れているのか

 

など、たくさんの質問を投げかけられました。

 

自分の心に素直になって答えて行くと、涙が止まらなくなったのを覚えています。

それと同時に自分はもう手遅れなところにいるとも実感しました。

 

その次の日に、自分の体調と今後について話すため上司に話の場を設けてもらいました。

 

救いの手は・・・。

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上司に最近の自分の体調のこと、会社を休んでしまった理由など正直に話をして、

今後のことについても話をしました。

 

ですが、「そう言うことを考えるのは暇があるからだ。もっと仕事を増やさないといけない。」と言われたのです。

 

その言葉を聞いた瞬間、自分の中で自分が自分であるための希望が消えた気がしました。

 

その3日後、4月9日に僕の体は動かなくなり1ヶ月少しの病院生活を送りました。

 

 

あれから1年・・・。

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そんな4月9日から早いもので1年が経った4月9日。

退院後、半年の療養期間を経て友人の紹介でリハビリをかねて3ヶ月半、服屋で働き。

今年の2月から高校卒業して入社した時の同期も転職をしていて、

転職先で人手不足でということでお誘いがあり、入社して3ヶ月目になります。

 

社会復帰はできましたが、解離性障害の症状は出なくなったもの、

いまだに自分が自分ではない感覚は残っています

 

これからも忘れることのない出来事ではないかなと思います。