僕が僕であるために…

精神障害を乗り越え新たな人生を歩む20代のブログ

【LGBT】自分のマイノリティをもう一度見つめ直してみた。

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ここ1ヶ月、自分の中のめまぐるしい変化のおかげか

心から楽しいと思えたり、心が穏やかな状態でいられる様になってきました。

 

自分がこれまで大切にしてきた物が実はガラクタで、

反対にどうでもいいと思っていたことが実は宝物だったことに気づいたんです。

 

すると、これまでの固定概念や自信満々でいたことが全て崩れました。

本来の自分と向き合うキッカケをくれ、そばで支えて、助けてくれた人に感謝です。

 

www.zero-note.com

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自分のトラウマに気づいて、本来の自分と向き合う。

とても辛く、苦しい期間が続きました。

今もまだ辛く、苦しい時はありますが楽しい、嬉しいといったポジティブな感情が

増えたことで心が楽で穏やかな状態でいられる様になりました。

 

人に嫌われている、避けられてるのではなくて

自分がその人に勝手に恐怖心を抱いたりしていることで分厚い壁を作っていたことにも

気付き、対人関係がこれまで以上にとても楽にも感じました。

 

そんな自分と向き合っている今だからこそ、僕がもう一つ向き合うというよりは

見つめ直す点があるのです。

 

それは自分のマイノリティーです。

 

セクシュアルマイノリティ

 

自分が本当に信頼をおける相手にはカミングアウトをしていましたが、

これがありのままの自分なのと、自分を繕うのに疲れた、必要を感じなくなったのと

自分の感情や感性を文字に起こしてアウトプットして整理するため

今回ブログを書こうと思います。

 

世間一般ではLGBTQという言葉が浸透していると思います。

L:レズビアン G:ゲイ B:バイセクシュアル T:トランスジェンダー Q:クィア

 

ここではそれぞれの性自認や性指向については深く触れませんが、

いわゆるセクシャルマイノリティとはこれを大きくまとめた言葉です。

 

自分が周りの人と違うなと感じたのは、中学生の頃でした。

丁度、自分が自分の中に閉じこもり始めた時と同じタイミングですね。

 

どこに違和感を感じていたかと言うと、

周りが女の子と付き合っていく中、自分も相手を女の子を女の子として見て付き合っていました。

ですが、女の子だから好きという感覚に違和感がありました。

この感覚は当時、男の子にも感じていたからです。

 

中学生の頃はまだ何がなんだかわからなかったのもあり、

男女に同じ感覚を持っている自分はどこか違う、だけどおかしい事ではないと思っていました。

 

高校生になり、より多くの情報を得られる様になり

LGBTという世界があることを知りました。

そこで世の中には自分と同じだったり、そうではなくても

自分を表現したり悩んでいる人がたくさんいることも知りました。

 

高校生この頃はまだLGBTという言葉がやっと表に出始めた頃だったので、

自分は男性に対しても女性に対しても同じように性指向を向けられる人だと思い、

B:バイセクシャルだと自認して高校生活を送っていました。

それは社会人になって2年目くらいまでなので5年くらいはバイとして生活していました。

 

しかし、どこか腑に落ちない部分があったんです。

改めてマイノリティについて調べてみると、さまざまな言葉が増えていました。

その中で次に自分はこれかなと当てはめたのが、P:パンセクシャル。

 

全愛者、つまり性別を問わずその人を好きになるというセクシュアリティです。

 

その人を好きになりました → 性別は? 男性 or 女性 

 

という相手の性を男性か女性から見るのではなく、後からついてくるものとして見ています。

 

なので社会人になって3年目から自分を見つめ直している最近まで自分は、

パンセクとして生活を送ってきていました。

 

が自分と向き合ったことで、さらにそこに違和感を覚えました。

それは、性指向はパンセクかもしれないけど性自認はどうなんだろうと。

これまで他人を優先するあまりに、自分のことが全く見れなくなっていました。

 

つまり、マイノリティにおいても性指向(相手に対する感情)は分かっていても

性自認(自分の感性、感情)は分からない状態でいたことになります。

 

今がいいタイミングだと思い、もう一度自分を見つめ直していろいろ調べた結果。

今の自分に一番当てはまるセクシュアリティはこれだと思いました。

セクシュアリティの形に嵌め込んで縛りすぎるのはよくないけど、

自分がこういうタイプの人間なんだと理解する上ではいいのかと思います。

 

ノンバイナリーでセクシュアル・フルイド

 

この2つの言葉は初めて知りました。

 

性自認が「男性である」、「女性である」と固定されてるわけではなく、

状況や心理状態に置いて男性であったり、女性であったりするのがノンバイナリー。

 

性指向が「男性が好き(女性には興味がない)」、「女性が好き(男性に興味がない)」と流動的に変わっていく人。

もしくは相手に性別を決めつけない(好きになった人を好き)というあり方を

セクシュアル・フルイドと言うそうです。

 

薄々は自分でも気づいてはいましたが、自分と向き合ったことでより自覚できたのが、

女性っぽく見られたかったりそういう仕草や行動になっている自分がいること。

女性の服が良く見えたり、とユニセックスとして着れそうな物に興味を持ったり。

 

もちろん体は男性だし、女性っぽく見られたいと思うけど体の構造を変えたいと思わないんですね。

心も体も男性から女性に変わりたい人はトランスジェンダーになるのですが、

そうではなく、その状況や心理に置いて変わるのでノンバイナリーだと思いました。

 

なので自分が男性である、女性であるというと言うよりは

性別に囚われずに連続体の上にいると言うのがいいかもしれません。

 

そして、性思考も相手に性別を決めつけないのでセクシュアル・フルイドですね。

この人、魅力的だなとか興味を持った人が男性だったのか女性だったのかだけの話。

 

好きだと思った人と一緒に入れるのではあればそれが自分にとっての一番の幸せだと思います。

これは個人的な意見ですが、男女の関係は人間が生物として繁栄するための概念であって。

スピリッツにおいては必要のない概念ではないかなと思っています。

心同士が寄り添おうとしているのであれば、それに従えばいいと思うのです。

 

改めて自分を見つめ直してみて、ノンバイナリーでセクシュアル・フルイドが

これまでで一番しっくりときてとても楽になりました。

 

男性らしくいる時も、女性らしくいる時も別々の自分ではなくて

それが本来の自分の姿だということ。

 

終わりに

僕はあることがキッカケで信頼のおける周りの人だけではく、

祖父が健在の頃に家族にもカミングアウトしているので、

もっと自分らしく生きて行こうないと思います。

 

自分が変われば、周りが変わる。

自分を大切にできないやつは、大切な人も守れない。

自分を素直に出せば、相手も素直に受け入れてくれる。

 

これまでの自分には一切ささらなかった言葉が、今はすごい重みのある言葉に変わりました。

 

まだまだ、LGBTには偏った意見や見れら方をされますが、

僕が学生の頃に比べると日本も生活しやすい社会になってきていると思います。

ですが、カミングアウトをするにはまだ難しいのかなと思います。

 

必ずしもカミングアウトをしなければいけない訳でもないし。

生きていくことはできます。

だけどどこかでもどかしさや、悩みが大きくなった時はカムアウトを考えればいいと思います。

ただ、カミングアウトしたことで自分の意思とは別のところでアウティングをされる可能性もあるので、

しっかり考えてからすることをオススメします。

 

せっかく、自分のもった感性なのでそれを大切に

良いパートナーと出会い楽しい時も、辛く苦しい時も一緒に過ごせるように

自分らしく、自分を表現してみませんか。

 

ここからは僕もそうしていこうと思います。